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ベッドから卒業式へ

著者 松島永子

2000年3月1日(水)産経新聞静岡版”学びと教えの現場から”掲載

ベッドから卒業式へ


 すでに卒業式は始まっていました。卒業生百六十五名。一組から卒業証書の授与が行われています。
 六年五組の子供たちの席の中の、一つだけの空席。腎臓病で入院してしまったSちゃんの席です。
 5年生のときまでは、欠席も多く体育も見学ばかりでした。でも6年生になってからは本人のがんばりで欠席も二十日程度になり、行事にも出きる限り参加していたのです。
 しかし、今までの疲れが出たのか3月に入ってとうとう倒れ、救急車で入院してしまったのです。
 「卒業式までには退院してほしい」それはクラスみんなの願いでした。
 卒業式の練習で歌っている歌をテープに吹き込み、病院へ届けました。もちろん「Sちゃん、待ってるよ。」というみんなの声も一緒に入れて。
 卒業証書授与の練習は、自分の前後の子と二人そろって礼をします。Sちゃんの前後の子は、いつもそこにSちゃんがいるかのように一息待ってから礼をしていました。
 毎日子供たちが書いている日記には、「Sちゃんと一緒に卒業したい。」「卒業式の日だけでも来てほしい。」そんな思いがつづられました。保護者からも、「全員一緒に卒業式を迎えさせてあげたい。」「何かお手伝いできることがあれば、ぜひ言ってください。」と、多くの反響がありました。親も子もみんなで千羽鶴を折りました。
 2月下旬に行われた最後の参観会。6年5組は一人一人が小学校生活の思い出を語りました。小学校生活の様々な場面を収録した大型のモニタービデオの前で。
 そのときSちゃんは、こんなスピーチをしたのです。「私は体が弱いので、たくさん学校を休みました。だから、ほかのみんなより、思い出が少ないです。でも、6年になってからはあまり休まなくなって、修学旅行も運動会も一緒にできて、とてもうれしかったです。」
 人一倍体も小さいSちゃんですが、堂々とこのスピーチをしたとき、参観している保護者の中には涙を流している人がたくさんいました。
 体育の授業も満足にできなかったSちゃんなのに、最後の運動会では組体操にも挑戦しました。東京方面への修学旅行。学校行事でのの宿泊経験が初めてだったSちゃんでしたが、二日間とても元気に過ごせました。このクラスの保護者はそんなSちゃんの今までの様子を知っていたのです。卒業式前日、お見舞いに行った私はうれしいことを聞かされました。卒業式に出られそうだというのです。でも長時間は無理なので、本当に卒業証書をもらうところだけでもよいか、とのことでした。
 当日、容態が悪化していないことを祈るような気持ちで学校へ向かいました。
 卒業式が始まる直前、クラスの子供たちに告げました。「今日の卒業式。みんなそろうよ。Sちゃん途中で必ず来てくれる。みんなでいい卒業式にしよう。」
 卒業証書授与が4組に差し掛かったころ、体育館のドアが開く音がしました。養護教諭に付き添われたSちゃんが、入ってきました。そして、空いていた席にスッと腰を下ろした途端、5組の女の子たちの目から涙があふれ出ました。男の子も必死に泣くのをこらえているのがわかります。
 「○○S子」
 「はい。」つい先ほどまで病院のベッドで寝ていたとは思えないようなしっかりした声でSちゃんは返事をし、前後の子と何事もなかったかのように自然に息を合わせて礼をして卒業証書を受け取りました。
(小学校教諭 松島永子)

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